対象読者

自動運転、ドローン、ロボット、フィジカルAI、センシング技術に関心があり、現在の「センサーを増やし、データを増やし、計算能力を増やす」という工学的アプローチとは少し違った視点から、知能と自律制御について考えてみたい方を想定しています。

要約

自動運転車は、カメラ、LiDAR、レーダー、GNSS、IMUなど複数のセンサーから大量の情報を取得し、それらを統合して周囲の状況を推定します。一方、多くのコウモリは、自ら超音波を発し、その反射を聞く「エコーロケーション」という一つの能動センシング原理から、距離、方向、相対運動、形状、表面構造、獲物の羽ばたきなど、多種類の情報を取り出します。[1][2][3][4]

ただし、「コウモリは超音波だけで飛んでいる」と理解するのは正確ではありません。実際には視覚、前庭感覚、固有感覚、翼の触覚・気流感覚なども利用しています。つまり、コウモリから学ぶべきなのは「単一センサーですべて解決する方法」というより、一つのセンシング原理から最大限の情報を引き出し、センシング・身体・運動・記憶・制御を一体化する設計思想です。[5][6]

この視点から見ると、コウモリは単なる生物学上の珍しい存在ではなく、自動運転、ドローン、群ロボット、低消費電力AI、ニューロモーフィックコンピューティングを考えるうえで、非常に興味深い「もう一つの自律システムの設計例」に見えてきます。


本文

1. 一つの音から、どこまで世界を読み取れるのか

コウモリのエコーロケーションは、自ら超音波を発し、物体から返ってくる反射音を解析する能動センシングです。

最も基本的なのが距離です。発信してから反射音が戻るまでの時間を測れば、音速から対象までの距離を推定できます。レーダーやLiDARのTime of Flightと同じ原理です。

しかし、コウモリが反射音から取得している情報は距離だけではありません。

左右の耳に到達する音の時間差や強度差、反射波のスペクトル、複数の反射が到着する時間構造などから、対象の方向や形状を判断できます。実験では、物体の空間的形状や、植物など複雑な自然物のテクスチャをエコーだけから識別できることも示されています。[3][4]

さらに、一部のコウモリではドップラー効果が重要になります。

対象との相対運動によって反射音の周波数が変化するため、動いている対象の情報を取り出すことができます。特にCF-FM型のエコーロケーションを行うキクガシラコウモリなどでは、自分自身の飛行によるドップラーシフトを補償し、反射音を聴覚系が最も敏感な「acoustic fovea」と呼ばれる周波数帯に保つ高度な感覚運動制御が知られています。[2]

昆虫の羽ばたきによる微細な周波数変調も利用できます。したがって、エコーロケーションは単純な「距離計」ではなく、対象の運動や性質まで含んだ情報源になっています。

ここで重要なのは、すべてのコウモリが同じ方法で速度を測っているわけではないことです。ドップラー補償を高度に発達させた種もいれば、広帯域のFM信号を中心に距離や空間構造を捉える種もいます。コウモリは一つの完成された「方式」ではなく、生息環境に応じて異なるソナー戦略を進化させてきた動物群です。[1]


2. なぜ数十〜数百kHzという高い周波数を使うのか

コウモリが高い周波数を使う理由は、音の波長にあります。

音速を約340m/sとすると、40kHzの音の波長は約8.5mm、100kHzなら約3.4mmです。波長が短くなるほど、小さな物体から有効な反射を得やすくなります。

空中を飛ぶ昆虫を検出しようとすると、人間の声のような低い周波数では波長が長すぎます。実際、多くの食虫性コウモリが数十kHz帯を利用することは、昆虫サイズのターゲットを検出する必要性と整合しています。[1]

高周波にはもう一つのメリットがあります。波長が短いため、小さな口や鼻からでも比較的指向性の高い音響ビームを形成できます。コウモリは単に音を周囲へばらまくのではなく、「どちらを測るか」を能動的に制御しています。[1]

一方、高周波ほど空気中で減衰しやすくなります。

つまり、

高周波=高精細だが近距離向き 低周波=粗くなるが遠距離向き

というトレードオフがあります。

コウモリはこの問題に対して、周波数だけでなく、音圧、パルス長、帯域幅、発信間隔、音を向ける方向まで状況に合わせて変化させます。[1][16]

これは固定スペックのセンサーというより、測定方法そのものをリアルタイムに変更するセンサーと考えた方が近いでしょう。


3. センサーと運動が分離していない

工学では通常、「センサーで測る」「コンピューターで判断する」「アクチュエーターを動かす」と機能を分けて考えます。

コウモリでは、この境界がかなり曖昧です。

獲物や障害物が遠いときには、比較的低い頻度で超音波を発します。対象に近づくにつれて発信頻度を上げ、捕獲直前には非常に高頻度の「terminal buzz」と呼ばれる発信になります。つまり、必要な情報量に応じてセンサーのサンプリングレート自体を変更しています。[1][16]

さらに、発信方向も頭部や身体の動きと連動します。飛びながら「見る方向」を変えているわけです。

コウモリの翼も単なる推進装置ではありません。

翼膜には微細な感覚毛があり、気流の向きや剥離に関する情報を感知すると考えられています。実験では、翼の毛を除去すると障害物回避時の飛行挙動が変化しました。[6]

つまり翼は、

翼であり、アクチュエーターであり、同時にセンサーでもあります。

この「身体そのものが計算の一部になっている」という考え方は、ロボティクスでは embodied intelligence、morphological computation などの議論とも接続します。


4. 「コウモリは単一センサーで全部やっている」は半分正しく、半分間違い

ここは自動運転との比較で特に注意が必要です。

エコーロケーションという一つの能動センシング・モダリティだけでも、距離、方向、運動、形状、テクスチャなど非常に多くの情報を得られる、という意味では驚異的です。

しかし、生物としてのコウモリは超音波だけを使っているわけではありません。

たとえばエジプトルーセットオオコウモリを使った研究では、視覚とエコーロケーションを状況依存的に使い分けることが示されています。飛行経路の選択には視覚を強く利用しながら、障害物へ接近するとエコーロケーションの重要性が増す、といった動的な感覚統合を行います。[5]

翼からの触覚情報も飛行制御に関与します。[6]

したがって、自動運転と比較するなら、

「コウモリは一つのセンサーだけで動く」

ではなく、

「一つの能動センシング方式から極めて多くの情報を抽出しつつ、必要に応じて他の感覚も統合している」

と表現する方が正確です。


5. 自動運転が複数センサーを必要とする理由

現在の自動運転では、カメラ、LiDAR、レーダー、超音波、GNSS、IMUなどを組み合わせるマルチセンサーフュージョンが主要なアプローチの一つです。

カメラは色や文字、信号、車線など意味的情報を豊富に取得できます。LiDARは三次元形状と距離に強く、レーダーは距離や相対速度を測定しやすく、悪天候にも比較的強いという特性があります。それぞれの弱点を別のセンサーで補う発想です。[19]

実際、Waymoの現行世代の自動運転システムも、カメラ、LiDAR、レーダーを組み合わせています。[20]

ただし、これは「工学がコウモリより劣っているから」ではありません。

自動運転車には、コウモリには存在しない課題があります。

赤信号を赤信号として理解する必要があります。標識を読み、歩行者と自転車を区別し、道路交通法や他者の意図を考慮し、百メートル単位の先読みを行い、雨・霧・逆光・工事・事故など非常に多様な状況に対応しなければなりません。

したがって、コウモリと自動運転車を単純に「どちらが高度か」で比較することにはあまり意味がありません。

解いている問題そのものが違うからです。


6. 大量データで学習するAIと、コウモリの学習は何が違うのか

現代の自動運転やロボティクスでは、深層学習を利用する知覚系が大量の実走行データ、ラベル付きデータ、シミュレーションデータなどを利用します。近年のマルチセンサーフュージョンも、深層学習によって異なるセンサー表現を統合する方向へ進んでいます。[19]

一方で、コウモリが「学習を必要としない」わけではありません。

幼少期の経験によって聴覚野のエコーロケーション信号への選択性が形成・維持されることが示されていますし、同じ障害物環境を繰り返し飛ぶことで、発信回数を減らし、より効率的な飛行経路をとるようになることも確認されています。[10][11]

さらに、他個体から採餌行動を学習する社会学習も報告されています。[12]

したがって、

AIは学習するが、コウモリは生まれつきできる

という二分法も正しくありません。

違いを考えるなら、むしろ学習の配置です。

工学では、大量のデータを事前に集め、大規模な計算資源でモデルを学習させ、そのモデルを実機へ搭載する方式が一般的です。

コウモリでは、種としての基本構造は長い進化の過程によって形成され、個体発生の中で神経系と身体が成熟し、さらに実世界を飛びながら経験によって調整されます。

あえてAIの言葉で比喩的に表現するなら、

進化が非常に長期間の「事前学習」を担当し、個体の経験が「オンライン適応」を担当している

と考えることもできます。

ただし、これはあくまで理解のための比喩であり、自然選択と機械学習は同じアルゴリズムではありません。


7. コウモリは本当に「省エネコンピューター」なのか

ここも慎重に考える必要があります。

生物の神経系とGPUの計算量をFLOPS/Wのような単一指標で直接比較することはできません。そのため、「コウモリの脳は自動運転コンピューターの何倍効率がよい」といった数字を出すのは適切ではありません。

また、コウモリの飛行自体は決して安価な運動ではありません。動物にとって飛行は大きな代謝コストを伴います。[13]

それでも興味深い点があります。

超音波の発生にはエネルギーが必要で、静止中に強いエコーロケーション音を発生させると代謝コストが増加することが確認されています。[14]

ところが飛行中のコウモリは、呼吸、翼の運動、超音波発信を同期させることで、すでに飛行のために発生している胸郭運動を利用しています。つまり、「センシングするためだけに別のエネルギー系を動かす」のではなく、運動系とセンシング系を物理的に統合しています。[1][14]

ここに工学的に重要な示唆があります。

現在のロボットでは、センサー、メモリー、プロセッサー、通信、モーターがそれぞれ別々にエネルギーを消費します。

2026年に発表された実車を用いた研究では、対象となったSAE Level 3車両において、センシングや計算を含む自動運転装置の稼働が、試験条件下でエネルギー消費を約10%増加させたと報告されています。これはすべての自動運転車に一般化できる数字ではありませんが、知能化そのものにもエネルギーコストがあることを示しています。[21]

コウモリから学べるのは、「脳の計算だけを低消費電力化する」という発想だけではありません。

センシング、計算、身体運動を一つのエネルギー系として設計するという発想です。


8. 群れで飛ぶコウモリは、どうして混信しないのか

数千匹のコウモリが洞窟から一斉に飛び出す映像を見ると、一つ大きな疑問が生まれます。

全員が似た超音波を発しているなら、自分のエコーと他個体の音が混ざってしまうのではないでしょうか。

これは実際に「jamming」あるいは「cocktail party nightmare」として研究されてきました。[7][8]

かつては、他個体と周波数が重ならないように発信周波数を変更する「jamming avoidance response」が重要だと考えられていました。実験室ではそのような周波数変化が観察される場合もあります。

しかし、野外で個体の背中に小型マイクを載せて調べる研究が進むと、話はもっと複雑であることが分かってきました。単純な周波数シフトだけが主要な解決策とは限りません。[7][8]

2025年の研究では、約2,000匹のコウモリが洞窟から出る状況で個体を追跡し、一部に搭載したマイクから個体自身が経験する音響環境を記録しました。

洞窟を出た直後は確かに強い音響マスキングが発生しています。しかし、コウモリは飛び出した後に急速に空間的に広がり、個体間距離が増えることでマスキングと衝突リスクが急速に低下していました。[8]

2026年のエージェントベースモデル研究では、高密度な状況でも、頻繁な発信から得られる複数回の情報を時間的に統合し、壁を追従する、近すぎる個体を避ける、といった比較的単純な局所ルールを組み合わせることで、かなり頑健に洞窟から脱出できる可能性が示されています。[9]

つまり、完璧に「自分の音だけ」を識別しなければ飛べない、とは限らないのです。

多少情報が壊れていても、時間方向に何度も測り、身体を動かしながら次の情報を取得し、局所的な行動規則で修正する。

この考え方は、工学的にも非常に興味深いものです。


9. コウモリの群飛行とクアッドローター群の決定的な違い

ドローンの群制御も盛んに研究されています。

一般的なクアッドローター群では、自己位置推定、相対位置推定、経路計画、衝突回避、通信、フォーメーション制御などが必要です。中央コンピューターが指示する方式もあれば、各機が局所情報を使って分散制御する方式もあります。[15]

高度な研究では通信に依存しない分散型群制御もありますので、「ドローンは中央制御、コウモリは完全分散」と単純化することもできません。

それでも設計思想には興味深い違いがあります。

観点 コウモリの群飛行 クアッドローター群
基本制御 個体ごとの局所感覚と行動 アルゴリズムによる状態推定・経路計画
個体間通信 専用通信網は不要。互いの音なども情報源になる 無線通信を使う構成が多いが、非通信型も研究される
自己位置 必ずしも絶対座標を必要としない GNSS、VIO、SLAM等を利用することが多い
衝突回避 近傍の感覚情報から連続的に修正 予測軌道、距離制約、最適化などを利用
機体 柔軟で多自由度な翼 固定剛体+複数ローターが主流
故障への考え方 個体は自律しており、群全体の中央故障点がない システム構成によって通信・中央制御が弱点になり得る
群の目的 必ずしも整然とした編隊ではない 明示的な隊形・任務を与える場合が多い

特に重要なのは、洞窟から一斉に出るコウモリを「編隊飛行」と考えないことです。

2025年の研究で観察されたコウモリは、洞窟を出た後にむしろ横方向へ広がって密度を下げています。[8]

工学的なドローンショーのように、全個体が正確な相対座標を維持しているわけではありません。

コウモリの群れは、**「全体を正確に制御する」のではなく、「各個体が局所的に安全な行動を続けた結果として、全体が成立する」**システムと捉えた方が近い場合があります。


10. 「世界モデルを正確に作る」以外の知能

自動運転やロボティクスでは、しばしば「正確な三次元世界モデルを作る」ことが重視されます。

LiDAR点群を統合し、物体を認識し、車線を推定し、自己位置を求め、将来軌道を予測する、といった処理です。

ところがコウモリを見ていると、別の可能性が見えてきます。

必ずしも世界全体を高解像度で再構築しなくても、

「この方向は安全か」 「何秒後に接触しそうか」 「次にどちらへ身体を向ければ情報が増えるか」

が分かれば、行動できる場合があります。

さらに、同じ空間を繰り返し飛んだコウモリは、空間記憶を利用して超音波の発信数を減らすことが確認されています。[11]

つまり、

未知の場所ではセンシングを増やし、知っている場所では記憶を利用してセンシングを減らす

という適応が起きています。

これは、SLAM、世界モデル、キャッシュ、予測モデル、能動センシングを別々のモジュールとして設計する現在のロボティクスに対して、一つの興味深い示唆を与えます。


11. コウモリ飛行はどのような切り口で研究されているのか

コウモリ研究というとエコーロケーションばかりが注目されますが、実際には複数の研究分野が交差しています。

音響・バイオソナー研究では、周波数、帯域幅、パルス間隔、音圧、指向性、エコー構造などが研究されます。[1]

神経科学では、時間差、周波数、ドップラーシフト、三次元空間などが脳内でどのように表現されるかが調べられています。[2]

感覚運動制御・Active Sensingでは、どこへ音を向けるか、いつ発信するか、対象へ近づくにつれてセンシング戦略をどう変えるかが研究されます。[16]

飛行力学・流体力学では、柔軟な翼膜、多数の関節、翼の折り畳み、キャンバー変化、渦、失速、旋回などが研究されています。[13]

神経・身体感覚では、翼膜の感覚毛が気流をどう検出し、飛行制御へ利用されるかが研究されています。[6]

移動生態学では、採餌、長距離移動、記憶、地形、社会行動などと飛行がどう結びつくかを研究します。[13]

集団行動研究では、洞窟からの一斉出洞、衝突回避、音響干渉、個体間距離などが研究対象になっています。[8][9]

そして近年は、バイオミメティクス・ロボティクスとして、これらの原理を人工システムへ移す研究も盛んです。

研究手法も、高速度カメラ、三次元モーショントラッキング、マイクロホンアレイ、個体装着型マイク、GPSタグ、風洞、粒子画像流速測定(PIV)、神経電気生理、計算モデル、エージェントベースシミュレーションなど多岐にわたります。[1][8][9][13]


12. すでに始まっている工学への応用

コウモリ由来のアイデアは、すでにいくつかの形で工学へ移されています。

バイオミメティック・ソナー

BatSLAMでは、コウモリの耳を模した受音構造とソナーを使い、視覚やLiDARではなく音響情報から環境地図を構築するロボットが研究されました。[17]

煙、粉塵、暗闇など、光学センサーに不利な場所では、こうした音響センシングが補完手段になり得ます。

適応型ソナー

従来の工学センサーでは、一定の波形を一定周期で送信することが多くあります。

コウモリは対象との距離や環境に応じて、パルス間隔、帯域、方向などを変えます。この「測定対象に応じてセンサー自身を変化させる」仕組みは、次世代レーダー、ソナー、LiDARにも応用可能です。[16]

柔軟翼・モーフィング翼

コウモリの翼は、鳥の翼とも通常の航空機とも異なり、多数の関節と柔軟な膜で構成されています。

2025年にはコウモリの翼の折り畳みと翼同士のclappingを模倣したロボット翼について、揚力生成や効率への効果が実験されています。[18]

翼膜の弾性そのものを利用するロボット研究も進んでいます。[23]

これは、「剛体をモーターで正確に制御する」のではなく、材料の柔らかさそのものに制御の一部を任せる方向です。


13. 今後考えられる応用

今後特に面白いのは、コウモリを丸ごとコピーするのではなく、設計原理を抽出することです。

第一に、Adaptive Sensingです。

ロボットが常時すべてのセンサーを最大レートで動かすのではなく、危険度や不確実性に応じてセンシング頻度、解像度、方向、送信電力を変えます。

第二に、Active Perceptionです。

「見えないからもっと計算する」のではなく、「見えないなら身体を少し動かして、見えやすい場所から測る」という方法です。

第三に、Event-driven AIです。

生物の神経系を参考に、常時すべての画素・ニューロンを同期的に計算するのではなく、変化が起きたときだけ計算するニューロモーフィック技術が研究されています。[22]

第四に、身体による計算です。

翼の柔軟性、センサー配置、機体形状、受動的な安定性などによって、ソフトウェアが処理しなければならない問題そのものを減らします。

第五に、通信を前提としない群知能です。

すべてのドローンが互いの位置を正確に交換し続けるのではなく、局所センシングと単純な回避規則から全体として安全な運動を生み出す方法です。

コウモリ研究から直接そのまま実装できるわけではありませんが、この方向には大きな研究余地があります。[8][9][15]


14. コウモリと人間の工学を分けて考える

最後に最も重要なのは、コウモリと自動運転車を単純な性能競争にしないことです。

コウモリは交通標識を読みません。道路交通法を守る必要もありません。数百メートル先の信号機を認識したり、人間のジェスチャーを理解したりする必要もありません。

逆に自動運転車は、数十グラムの身体で羽ばたきながら、昆虫を空中捕獲する必要はありません。

両者は異なる制約条件のもとで進化・設計されています。

したがって、

「コウモリができるのだから、自動運転車も超音波だけでよい」

という結論にはなりません。

むしろ興味深い問いは、

なぜコウモリは、これほど少ない身体サイズと限られたエネルギーの中で、高速な三次元運動と能動センシングを閉ループで成立させられるのか。

という問いです。

人間の工学はこれまで、「より高性能なセンサー」「より大きなモデル」「より大量のデータ」「より多くの計算能力」によって知能を高めることに大きな成功を収めてきました。

しかし、生物が示しているもう一つの方向があります。

必要な情報だけを取りに行く。 身体を使って問題を簡単にする。 記憶が使えるときはセンシングを減らす。 完璧な世界モデルを作らずとも行動する。 局所的なルールから群全体の秩序を生み出す。 センシング・計算・運動を別々の装置として考えない。

フィジカルAIが現実世界へ広がっていくほど、この考え方は重要になっていくかもしれません。

コウモリから学ぶべきものは、「超音波センサー」そのもの以上に、

限られた計算資源、限られたエネルギー、限られたセンシング能力しかない状況で、それでも十分に賢く行動するためのシステム設計

なのではないでしょうか。


参考文献

[1] Gareth Jones, Marc W. Holderied, “Bat echolocation calls: adaptation and convergent evolution,” Proceedings of the Royal Society B, 274, 905–912, 2007. DOI: 10.1098/rspb.2006.0200.

[2] Nachum Ulanovsky, Cynthia F. Moss, “What the bat's voice tells the bat's brain,” Proceedings of the National Academy of Sciences, 105, 8491–8498, 2008. DOI: 10.1073/pnas.0703550105.

[3] Caroline M. DeLong, Rebecca Bragg, James A. Simmons, “Evidence for spatial representation of object shape by echolocating bats (Eptesicus fuscus),” Journal of the Acoustical Society of America, 123, 4582–4598, 2008. DOI: 10.1121/1.2912450.

[4] Jan-Eric Grunwald, Sven Schörnich, Lutz Wiegrebe, “Classification of natural textures in echolocation,” Proceedings of the National Academy of Sciences, 101, 5670–5674, 2004. DOI: 10.1073/pnas.0308029101.

[5] S. Danilovich, Y. Yovel, “Integrating vision and echolocation for navigation and perception in bats,” Science Advances, 5, eaaw6503, 2019. DOI: 10.1126/sciadv.aaw6503.

[6] Susanne Sterbing-D'Angelo et al., “Bat wing sensors support flight control,” Proceedings of the National Academy of Sciences, 108, 11291–11296, 2011. DOI: 10.1073/pnas.1018740108.

[7] Te K. Jones, William E. Conner, “The jamming avoidance response in echolocating bats,” Communicative & Integrative Biology, 12, 10–13, 2019. DOI: 10.1080/19420889.2019.1568818.

[8] Aya Goldshtein et al., “Onboard recordings reveal how bats maneuver under severe acoustic interference,” Proceedings of the National Academy of Sciences, 122, e2407810122, 2025. DOI: 10.1073/pnas.2407810122.

[9] Omer Mazar, Yossi Yovel, “Agent-based modeling reveals how bats navigate dense group emergences,” eLife, 14, RP105571, 2026. DOI: 10.7554/eLife.105571.

[10] Khaleel A. Razak, Zoltan M. Fuzessery, “Development of echolocation calls and neural selectivity for echolocation calls in the pallid bat,” Developmental Neurobiology, 75, 1125–1139, 2015. DOI: 10.1002/dneu.22226.

[11] Yasufumi Yamada et al., “Modulation of acoustic navigation behaviour by spatial learning in the echolocating bat Rhinolophus ferrumequinum nippon,” Scientific Reports, 10, 10751, 2020.

[12] Genevieve Spanjer Wright, Gerald S. Wilkinson, Cynthia F. Moss, “Social learning of a novel foraging task by big brown bats, Eptesicus fuscus,” Animal Behaviour, 82, 1075–1083, 2011. DOI: 10.1016/j.anbehav.2011.07.044.

[13] Christian C. Voigt et al., “Principles and Patterns of Bat Movements: From Aerodynamics to Ecology,” The Quarterly Review of Biology, 92, 267–287, 2017. DOI: 10.1086/693847.

[14] Dina K. N. Dechmann et al., “Metabolic costs of bat echolocation in a non-foraging context support a role in communication,” Frontiers in Physiology, 4, 66, 2013. DOI: 10.3389/fphys.2013.00066.

[15] Mario Coppola, Kimberly N. McGuire, Christophe De Wagter, Guido C. H. E. de Croon, “A Survey on Swarming With Micro Air Vehicles: Fundamental Challenges and Constraints,” Frontiers in Robotics and AI, 7, 18, 2020. DOI: 10.3389/frobt.2020.00018.

[16] Clarice Anna Diebold, Angeles Salles, Cynthia F. Moss, “Adaptive Echolocation and Flight Behaviors in Bats Can Inspire Technology Innovations for Sonar Tracking and Interception,” Sensors, 20, 2958, 2020. DOI: 10.3390/s20102958.

[17] Jan Steckel, Herbert Peremans, “BatSLAM: Simultaneous Localization and Mapping Using Biomimetic Sonar,” PLoS ONE, 8, e54076, 2013. DOI: 10.1371/journal.pone.0054076.

[18] Xiaozhou Fan, Alberto Bortoni, Siyang Hao, Sharon Swartz, Kenneth Breuer, “Upstroke wing clapping in bats and bat-inspired robots offers efficient lift generation,” Journal of the Royal Society Interface, 22, 20240590, 2025. DOI: 10.1098/rsif.2024.0590.

[19] Hui Qian, Mingchen Wang, Maotao Zhu, Hai Wang, “A Review of Multi-Sensor Fusion in Autonomous Driving,” Sensors, 25, 6033, 2025. DOI: 10.3390/s25196033.

[20] Waymo, “Beginning fully autonomous operations with the 6th-generation Waymo Driver,” 2026/Waymo Driver 技術資料.

[21] Giovanni Albano et al., “Unveiling the energy implications of automated driving: Evidence from real-world data,” Journal of Cleaner Production, 565, 148294, 2026. DOI: 10.1016/j.jclepro.2026.148294.

[22] Kaushik Roy, Akhilesh Jaiswal, Priyadarshini Panda, “Towards spike-based machine intelligence with neuromorphic computing,” Nature, 575, 607–617, 2019.

[23] Szu-I Yeh, Chia-Hsu Chiang, “The Influence of Wing Membrane Elasticity on Aerodynamics in a Bat-Inspired Flapping Robot,” Biomimetics, 10, 161, 2025. DOI: 10.3390/biomimetics10030161.